肥溜めの中に咲く...

すべてを無に帰す臭さを発明しました

佐藤という男(2010年03月10日)

僕は幼少のころ、横浜市内名門のスイミングスクールに毎週一人でバスを乗り継いで通っていた。
右も左もわからない中、メキメキと力をつけ、一年足らずでタコさんチーム(クロールが泳げるグループ)まで昇格した。
褒められると伸びるタイプだった僕は、コーチに褒められることを糧に辛い日々を乗り越えた。
おかげで人並みに泳げる人間まで成長できたのだ。
飽きっぽく自堕落な親不孝者の僕だが、このことだけは母も誇りに思っていると思われると予想している。

それ以降は無事、親不孝を続けている。
そんな至れり尽くせり、文武両道な僕でも、ひとつ弱点がある。


水泳だ。


泳ぎの型は身についているが、どうにも体力が持たない。
25mを泳ぎ切れたのは、好きな子が見ていた高校2年のプールの授業が最後だろうか。

 

 

大学生活も残り1ヵ月と迫ったある日、僕の携帯に一通のメールが。

 

「泳ぎましょう。疲れたあとのオナニーは格別ですよ?」

 

同じ大学に通う、佐藤という男からだ。
佐藤は万年童貞のくせに、純愛の末の童貞卒業を目標に掲げている本当にろくでもない男だ。
そして毎晩朝までシコっているせいで、単位を複数落として留年が確定した本当にろくでもない男だ。

単位も就活も順調に終えた僕は、もう佐藤とは残り1ヵ月しか顔を合わせられない。
あんなヤツでもしばらくは会う機会がないと考えると寂しいもので、仕方なく了承した。

他2名の友人も誘って、男4名で温水プールへ行くことに。


幸か不幸か平日の昼間だったため、見ているだけで脳髄が沸騰してしまうようなバカップルは居なかった。
代わりに、要リハビリのたるんだ老い肉は集いに集っていた。

 

老い肉どもは、流れるプールには興味が無い。
風化して骨と化すまで、この水流から脱出するすべを持っていないからだ。

 

老い肉どもは、波の出るプールには興味が無い。
風化して骨と化すまで、両の足で浅瀬へと辿り着くすべを持っていないからだ。

 

老い肉どもは、ウォータースライダーには興味が無い。
出口から排出される頃には風化して骨と化すからだ。

 

やつら老い肉がワラワラとたむろする場所とは、25mの競泳用プールのみだ。
我々が到着した時はすでに、8レーンの内5レーンは老い肉らに占領されていた。
一番奥の8レーンは、三途の川を渡る者たち専用レーンとなっており、心なしか少し濁っていた。
我先にと隣の老い肉を蹴落としながら、延々とウォーキングに励む者たち。

さながら本当のデスレースだ。

幸いにも1~3レーンまでは空いていたため、友人Aと僕、佐藤が先に泳ぐことに。

体力だけが取り柄のAは、1km泳ぐと宣言した。
泳げはするが体力のない僕は、2往復と宣言した。
一方特技は自フェラの佐藤は、2km泳ぐと豪語した。
後日談だが、佐藤はこの日のために5日間オナ禁をしていたらしく、体力が有り余って仕方がなかったそうだ。

僕らは同時に泳がずに、しばらく佐藤を観察してみることにした。
ゴーグルを装着し、水着のヒモをキツク締め、首を鳴らし、深呼吸をし、手首をほぐしていた。
恐らく佐藤のルーティンなのだろう。
その刹那、佐藤はおもむろに両の手でプールの水を汲んで飲んだ。


・・・?


一同あっけにとられている中、彼は勢いよく泳いで行ってしまった・・・。

彼は人並みに泳げるし、人並みの速度だが、どこか一般常識とは違う泳法だった。
僕が違和感を感じたのはきっと、彼のお尻だろう。
ヤケにプリプリとしながら泳いでいる。
そもそも普通にクロールをしたら、お尻は浮いてこない筈だ。
顔と尻が交互に水面から出るという泳法は、再現不可能だ。
もしかしたら佐藤は尻呼吸をマスターした者なのかもしれない・・・。
どおりで普段から遠慮なく屁をこく奴だと思った。
末恐ろしい奴だ。

1往復して体力が完全に尽きてしまった僕は、プールサイドからしばらく全体を傍観していた。

30分ほど経っただろうか。
友人Aもさすがに疲れたのか、プールサイドに上がって休息をとっていた。
しかし佐藤は、30分前と変わらぬ速度と尻で、泳ぎ続けている。

何者なんだ・・・?
休み休み泳いでいた友人Aですら1kmは泳いだという。
彼はその倍、実に2kmだ。
宣言通り、2kmを1時間足らずで泳ぎ切った。

ただのどうしようもない変態かと思っていたが、人は見かけによらないようだ。
少しだけ見直した。

2kmのノルマをクリアした彼は、プールサイドのイスに座り一言漏らした。


佐藤「はぁ。スク水っていいよなぁ。」

僕「まさか今横切った人を見て言ってる?」

目の前を横切ったのは、紺色の水着を着たおばあちゃんだ。
あのレディがスクールに属して水着を着ていたのは何十年前のことだろうか。
少し前に彼は熟女モノにハマっていると漏らしていたこともあり、見間違いなのかそういうことなのか少し心配になった。

 

泳ぐ前にしていた、プールの水を飲むという儀式。
あれの真相を聞いてみると、佐藤曰く。

「熟女から出るダシがどんなものかと思った。」と。

 

何の責任も関係もないが、佐藤の母に少し同情してしまった。
熟女たちが浸かったプールの水を飲み愉悦に浸り、熟女の水着姿をスク水と表して視姦しているのだから。
他人事ではあるが、彼の行く先が不安で仕方ない。


その後は流れるプールに移動し、4人で元気よく戯れた。

ほぼ貸切状態のうえ、地下だったこともあり、お決まりの鬼ごっこをやることにした。
じゃんけんで負けた僕は10秒のカウントダウンをしていたのだが、
カウント中に佐藤が白目を剝き奇声を上げながら、鬼である僕の頭に自分の水着を被せ、裸のまま本気で逃げて行ってしまった。

何を考えているのか定かではないが、佐藤には社会性や危機感というものが一切ない。
佐藤は体毛が比較的薄い方だとは思うが、一応下の毛ぐらいは生え揃っている。
大きさは置いといて、佐藤のソレはそれなりにグロテスクに成長している。
それを隠す唯一の布を、敵の手に自ら渡した。
まだ成人して間もない若輩者とはいえ、佐藤の行動は常軌を逸している。

無邪気にキャーキャーと逃げる佐藤の背を見送りながら、僕は流れるプールの外へと水着を投げ捨てた。
これで少なくとも佐藤は裸のまま1周し、裸のままプールから上がらない限りイチモツを隠す術はない。

保護者でもない他人の僕らが、わざわざ持っていくはずがない。
世の中そんなに甘くはできていない。
成人したらすべてが自己責任なのだから。

 

反対側まで来ると、友人A・Bはプールサイドのイスに座っていた。

裸の彼と一緒に居たくなかったみたいだ。
それも一理ある。
僕も彼らと一緒に、無邪気にはしゃぐ裸の男が目の前を通り過ぎるのを待つことにした。

 

5分後、少しだけ笑みの消えた佐藤が目の前を流れていった。
もちろん、依然として裸体のままだ。

 

10分後、これでもかというほど不安な顔をした佐藤が目の前を横切った。
どうやら我々かもしくは水着を探しているようだ。
時折細かく潜っては、不安そうな顔を水面から覗かせる。


さすがに哀れかつ警察沙汰になりそうだったので、佐藤の水着を回収して後ろからストーキングした。
佐藤も3周するころには一応考えたもので、壁際にお尻をつけ、手でイチモツを隠しながら横歩きしていた。
普通は逆だろ?と思うが、ここの壁は少しザラザラしている。
佐藤のイチモツに対する気遣いは並大抵のものではないなと、少し感動した。

我々は上流から佐藤の水着を流し、しばらく行動を観察してみることにした。
水着が佐藤のもとへと辿り着くと、強張った表情が一瞬にして緩んだ。
佐藤に、羞恥心という感情が芽生えた感動的な瞬間であった。


帰りの車内で、佐藤は

「もう少しで病みつきになるところだった。」

と漏らしていた。
どこの世界にも、上には上が居るものだ。
佐藤には逆立ちしても敵わない。
そんなお話。