肥溜めの中に咲く...

すべてを無に帰す臭さを発明しました

田中という男

 

大学3年生のころ、僕はとても派手な見た目をしており、

金髪坊主を松本人志よりも先に取り入れた、前衛的ファッショナブルなトレンディイキリ大学生だった。

そんな陽の者の象徴であるかの僕が、なんと陰の者の象徴である将棋部を立ち上げたことからこの話は始まる。

 

~将棋部結成~


厳密にいえば、部活を立ち上げた創設者の一人であった。

なお、当時の僕は、将棋のルールは辛うじて把握していたつもりだが、

サッカーのオフサイド、ヒラメとカレイの見分け方、女性が口にする「大丈夫」は全然大丈夫じゃない、などなど、わかっているようで実はわかっていない物事の中の一つではあった。

 

だがそんな将棋とはミスマッチな僕が何故そこまでの情熱を込めたのか?

 

全ては8畳ほどの自由なプライベート空間を手に入れるためであった。

~田中という男~


当然立ち上げたとなれば3年生と言えども最上級生なわけで、

それはもう、笑えるほど怠惰で、泣けるほど自由気ままな部活生活だった。

 

そんな平穏な日々のさなか、1年生の田中というヤツが入部を申請してきた。


僕は後輩ができる喜びと同時に、自由空間が1人の人間によって侵されるのではという一抹の不安を覚えた。


田中は、所謂さわやかで裏表のない、The後輩人間というヤツだった。

まるで後輩になるためだけに生まれてきたような見た目と性格で、実直でとてもイイヤツだった。

彼の口癖は「~~ッス」

僕との無礼講スマブラ3本勝負では、

気持ち悪い動きをするカービーを駆使し、「スマッッッシュッス」と叫びながら、僕のネスを奈落に突き落としてきた。

派手な見た目に反して意外と人見知りだった僕も、そんな田中とは不思議と先輩後輩の仲を早々に深めることができた。

 

~突然の凶報~


そんな田中が入部して3ヶ月ほど経ったある日。

顧問から、部の存続にはある程度の成績が必要、という凶報が入った。

そもそも顧問が居た事実すらその時初めて知ったわけだが、

その顧問曰く、大会に出場し、何かしらの実績(賞)を取って来いと言うのだ。

我々立ち上げメンバーは右往左往した。

将棋が得意な人はいるのか?外部から引っ張ってくるか?

いや!今からでも我々が強くなるべきか?・・・

いずれにせよ時間が足りない。

我々は忙しい。

何故なら、田中がスマブラをバグらせてしまい、隠れキャラが消えてしまったのだから。

人材を探したり、将棋を勉強したり、大会へ出場したりする暇なんて、一切ない!

そこで急遽、田中を呼びつける。

 

「田中、お前一応自分で志望して将棋部入ったろ?ちゃんと将棋勉強して、そのへんの大会で1位取って来なよ。な?」

「うっす。元々行くつもりっす。ありがとうございまっす」

田中の予定調和とも言える返事に若干の違和感を覚えつつも、

安直な脳みそを保有している我々としては安堵していた。

 

責任はすべて田中に転嫁したのだから・・・。

 

その日は初夏にも係わらず、珍しく日差しは柔らかで、心地よい風が吹いていた。

小鳥達は四季を忘れているかの如く、春先の様子のまま囀り交わす。

近くの川からは水のせせらぎまで聞こえてくる。

そんな風情を感じさせる美麗な世界とは裏腹に、

この部室内では、醜く汚く悍ましい人間固有の腹黒さが大きく渦巻いていた。

 

その時を境に、田中はあまり部室に顔を出さなくなった。

流石に罪悪感を抱きつつある我々だったが、まだスマブラの隠しキャラの復旧が終わっていないためそれどころではないのが本音だった。

 

~予想外な結果~

 

数週間後。

我々の海馬からは、すっかり田中という文字も存在も失くなったころ。

何気なく見た大学の掲示板に、田中の名を見つけた。


「○○△△学生将棋大会 優勝 田中××」

 

ん?これってあのかつて存在していたと言われている田中のこと?

 


そして部費が出た。(5万円/年)


その日は夜通し、田中様奉り祭が開催され、部室ではどんちゃん騒ぎ。

お腹が空いたっす、と言って途中帰宅した田中を除き、

集まった皆は田中!田中!と夜が明けるまで鳴り止まぬ歓声を響かせた。

 

この時、田中について判明した事実がある。

彼は実は、幼少期から祖父に将棋ばかりを仕込まれ育てられた、将棋大好き人間だったのだ。

そんな彼は将棋がやりたくてやりたくて仕方なかったが、大学入学間もないころに、将棋部が数年前に廃部していたと聞いて大層ショックを受けたそうだ。

だが数か月経ったころ、図らずも偶然に、我々が邪な動機で将棋部を復活させたことで、彼の心は踊り、迷うことなく入部したそうだ。

 

思えば彼はひとり孤独に、将棋盤に向かい難しい顔をして本を読んで駒を動かしていた。

 

「田中ァ!スマブラ大会やるよ!!」という先輩たちの気遣いの一切無い言葉にも、彼は丁寧に対応していた。

将棋がやりたくて将棋部に入ったは良いものの、将棋のしの字も見せない先輩達を敬い続ける生活は辛かったろう。


さぞ落胆したろう。

思い返せば、大会で一等賞を取ってこい!と伝えたとき、彼の目の奥には挑戦的な炎が燃えているのが見えた。

~大いなる結果には大いなる責任が伴う~


部費も出るようになったことで、学園祭でも何かしら出展しなくてはならなくなった。

田中という化学反応で、初年度から大忙しだ。

企画・運用・会計、そういった類とは無縁の我々であるし、いつも我々を取り巻く問題というのは時間。

何より時間がない。

 

何故なら、田中が北斗の拳を全巻持ってくるから。

 

お決まりではあるが、冒頭の核シェルターにトキ1人ぐらい頑張れば入れるよな?という議論から始まり、結局ユリアという思わせ女のせいで嫉妬合戦で無駄な争いが生まれているという元も子もない結論に落ち着くなど、北斗の拳が巻き起こしたディスカッションは我々の工数を蝕んだ。

そんな工数不足に陥った責任を取らせるべく、企画・運営・会計は田中に一存した。

文化祭当日、将棋部を覗いてみると、

正座をした田中と、やたら利発そうな謎のオジサンが真剣に将棋を指していた。

その周りをカメラを構えた人や、腕を組んで難しい顔をした人が取り囲み、

なんとも殺伐とした空間が出来上がっていた。

なんと田中は、地元のプロ棋士を呼んで対局するという企画を考え、
実行し、運営していた。
準備費の3万円はプロ棋士へのギャラのはずが、
プロ棋士が受け取りを断ったために、丸々返ってきたとのこと。

我々は田中の行動力に圧され、
浮いた3万円は田中様に献上しましょうという決断に至った。

~田中様奉り祭り、再来~


しかし聖闘士(セイント)田中は言う。

「でしたら今夜先輩方と部室で打ち上げしたいっす。一人じゃ使い切れないっす。」

涙をこぼさぬ様、我々は少し上を向きながら、
打ち上げ用の食材やお酒を小走りで買いに行った。

 

田中はとても恐縮していたが、ここ数カ月の唯一にして一番の貢献者である田中が主役であるため、田中の食べたいもの、飲みたいもの、したいこと、すべてを叶えてやった。

田中が、金色のパッケージのサラミが食べてみたいと言えば、それをお皿に盛りつけて献上した。

田中が、エビスビールを一度でいいから飲んでみたいと言えば、3種類のエビスビールを目の前に用意した。

田中が、一度でいいから深夜のテニスコートを裸で走り回ってみたいと言えば、何急に気持ち悪いこと言ってんの?という本音を抑えつつ、「よし行こう」とラケットを持参して同行した。

 

ひとしきり田中の願望を叶えてやった。

とてもご満悦のようで、こちらも嬉しい気持ちで心が満たされた。

10月の涼しげな風が、酒で火照った我々を労うかのように通り抜けた。

 

~学園祭終了~


学園祭も無事終わりに近づき、校内に賑わっていた人々もまばらとなってきた。

そんな寂しげな雰囲気の中、我々は期待に胸を膨らませていた。

なんと学園祭最終日には、学園祭中の各所で配っている抽選券をもとに、豪華賞品が当たる抽選会が待っていた。

僕は田中が運営している間、各所を回りに周り、12枚手に入れていた。
田中は4枚ほど手に入れていたようだが、プロ棋士へのご挨拶と見送りがあるからと僕にその4枚を預けた。


「先輩にあげますっす。」


いやいや、田中君、君にはお世話になっているから、僕の12枚と君の4枚を足して2で割ろうよ。

君の8枚分の抽選券は、当たり外れはしっかり管理するよ!

不正は無しだ!

そう伝えると、田中は穏やかな笑みを浮かべ、一礼して去っていった。


運命の抽選会。

豪華賞品の内訳としては、デジカメ、折り畳み自転車、QUOカード1万円分などなど、それらが当たるたびに会場にはどよめきと怒号が巻き起こった。

僕の持分8枚は、結局ホットプレート1台にうまい棒の大袋1つで惨敗した。

田中の持分はいまだに1枚も当たらない。

あんなに頑張っていたのに、神は彼に褒美1つすら与えないというのか。

ホットプレートは、田中にあげよう。

うまい棒は部室のおやつにしよう。

そう思っていたとき、田中持ち分の最後の1枚が、壇上から呼び出された。

 

~努力は報われる~


「おめでとうございます!1等のWiiですっ!!!」


僕は国民的美少女コンテストに選ばれたかの如きリアクションで、おどおどしながら壇上へとあがった。

安堵と驚嘆、どちらともつかない複雑な心境だった。




田中、よかったな。田中。

お前の努力は報われたぞ。田中。田中・・・。


Wiiを受け取り、両脇に大きな箱を抱えながら、
早速僕は田中の待つ部室へと小走りで戻った。

田中の喜ぶ顔が目に浮かび、思わず頬が緩んでしまう。

もはやそこには、先輩後輩の垣根を超えた、熱い信頼関係が出来上がっていた。

 

~田中への報告~


「た、田中っ!!!田中!!!!当たったよ!!当たった!!!」

 

「ま、まじっすか!!」

 

「よかったな!お前の努力は報われたぞ!」

 

「まさか当たるとは思ってなかったっす。何が当たったんすか?」




「ああ!ほら、ホットプレートとうまい棒!お前にやる!じゃあね!」




いいヤツだったな。

ちゃんと就職できたかな。

いま何しているのだろう。