肥溜めの中に咲く...

すべてを無に帰す臭さを発明しました

鮎子という女①

高校生の頃、楽天ブログにハマっていた。

簡単に個人のブログや掲示板を持てて、相互リンクのようなフレンドシステムもあった。

そして何よりハマったのが、ページ全体をHTMLやCSSで好きなように改変できること。

当時そういった言語に関する知識は皆無だったものの、夜な夜な分厚いFUJITSUのノートパソコンで調べながらホームページ作りに没頭していた。

 

お気づきの通りその時からすでに僕はストレンジな人格だったため、ヘンテコなページだった。

そしてそこに集まるフレンドもヘンテコだった。

 

その中に、「放心状態木村」と自称する謎の人物がいた。

どういうきっかけで出会ったのか今となっては失念したが、氏のホームページは陰鬱かつグロテスクで、年齢はおろか性別すら不明。

かつ言葉遣いや表現など、いたるところでカリスマ性が漏れ出ており、まだ社会を知らない僕からしたらそのアンダーグラウンドな雰囲気がダークヒーローのようで、とにかく憧れの存在であった。

 

 

放心状態木村氏の素性

氏の掲示板で交流するにつれて、分かったことがある。

声楽とピアノを嗜む都内在住の音大生であるということ。

当時僕は栃木県の片田舎に住む高校生だったこともあり、全てが別次元すぎてより一層憧れの気持ちを抱いた。

 

そして氏はデパスを「出っ歯」、ハルシオンを「春彦」などと文字って常用しており、当時そういった薬の知識すらなかった僕は、「出っ歯決めた」とか、「春彦出っ歯いくわ」とか言われても何のことかさっぱり。

ピュアすぎて、春彦という出っ歯の友達と仲が良いのだなぁと思っていた。

 

そしてたまに血だらけの腕の画像をアップロードしていることがあり、本当にピュアすぎた僕は音大生のアートの一環だと思っていた。

 

今思い返せば氏も立派なメンヘラだったのだろうが、当時はメンヘラという概念や語源すらわかっておらず、本当にメンヘラのメの字も知らなかった。

 

その数年後に、人類史上最凶メンヘラのとある女性と付き合い、生死をかけた死闘を繰り広げるのだが、それはまたの機会とする。

 

 

放心状態木村氏からのアプローチ

氏の性別がずっと気になっていた。

男だったら残念とか、女だったら最高とか、年頃なのでそういう感情も無くは無かったが。

そもそもこの人は実在する人間なのか??

どうやってこの一般社会に溶け込んでいるのか???

それぐらい、氏の奇行や思想に心酔していて、単純に興味本位から氏のことをもっと知りたくなっていた。

 

そんな折、突然のチャンスが舞い降りた。

氏から「Skype通話をしよう」とお誘いを受けた。

上下関係なんて無いはずだが、当時の僕は勝手に氏を崇め奉っていたため、こんな平凡な高校生に声をかけてくれるなんてと感激していた。

 

そして約束の時間が迫るにつれ、吐き気を催すほど緊張が高まる。

相手はインターネットの大海原でたまたま出会った、突飛な思想を持つ謎の人物。

まるでマフィアのボス然り。

否、ダースベイダー?

サタン?

それぐらい、氏を偶像化し恐れてしまっていた。

 

 

放心状態木村氏の性別判明

女性だった。

なんとなく、リストカットの画像や嗜好品の内容などから女性っぽさを感じる部分はあったものの、こんな奇抜な女性が居ていいわけないと勝手に女性である可能性を捨てていた節があった。

だがれっきとした女性だった。

 

肉声はとても透き通った若い女性らしい声。

僕の中で勝手に膨らんでいた悪魔のようなイメージが崩落した瞬間だった。

 

感情の落としどころが行方不明になっているうえに、相手が女性だとわかった途端に、僕の緊張はマックスになってしまった。

会話もたどたどしく、そして不自然な敬語。

これが童貞ゆえに為せる業というものだろう。

 

 

放心状態木村氏との会話

僕が童貞丸出しの様相であることを気にする様子もなく、氏は優しく丁寧に僕のことを聞きだす形で、会話を繋げてくれた。

 

学校は楽しい?

お母さんとは仲良くやってる?

弟たちには優しくしてあげている?

部活は何やっているの?

受験勉強進んでいる?

好きな子はいるの?

 

年上のお姉さんとまともに会話をしたことなどなかった僕は、「はい」とか「うん」とか。

話が全く広がらないような返事ばかりをしてしまっていた。※1

 

そんな取り留めのない日常会話だが、氏のイメージとのギャップもあってか当時の僕は会話の最中からすでに恋愛感情に近いものを抱いてしまった。※2

 

とはいえ付き合う付き合わないといった双方向の恋愛感情ではなく、近所のお姉さんに勝手に憧れを抱いている少年のような、そんな甘く切ない一方通行の恋愛。※3

 

※1:童貞だったため

※2:童貞だったため

※3:童貞だったため

 

終始童貞ムーブをかましていた僕が唯一、氏に質問できたことがある。

 

「本当のお名前は何ですか?」

 

氏は笑っていた。

普通はそんなことネットの友達に聞いちゃいけないんだよ、と。

氏は少し恥ずかしそうに「鮎子」と教えてくれた。

 

 

放心状態木村氏を取り巻く仲間たち

氏は人気者なので沢山のネット民と交流している様子が見受けられたが、手前味噌ながら僕は氏の優先順位上位のグループに入っていた。

そのグループには、放心状態木村氏をはじめとして、編曲家の魚卵氏、極右活動家の卍斬り氏、ドール作家のウザ美氏、エログロ好きJKあやな氏、そして童貞高校生の汚名汁王(オナジュウロウ)こと僕、の6人がいた。

 

職種も立場も違う、とても濃い面々だった。

 

冒頭に少し書いた「人類史上最凶のメンヘラ」とは実は上記のあやな氏のことで、数年後にお付き合いをするわけだが、この時の僕は放心状態木村氏一筋で、本当にご執心だった。

 

鮎子のことが気になって仕方ない。

 

とはいえ、やはり付き合いたいというよりもお近づきになりたいといった表現が適切で、今となっては2次元キャラやアイドルに恋するオタクと同レベルの感情だったのだろうと思う。

 

つづく。